
中国の伝統行事:端午の節句
2009-5-20 16:46 | クリック数: (78) | コメント・口コミ数: (2)
中国の伝統行事:端午の節句
さて、日本のゴールデンウィーク最終日といいますと、一般的には5月5日の子供の日ということになりますが、この子供の日が中国古代の詩人と関係がある、といったら皆様はちょっと驚かれるかもしれません。さて、この5月5日の子供の日、日本ではもともとは男の子のお祝いということで、3月3日の雛祭り、女の子のお祭りとはまた別にお祝いしていますけれども、この5月5日の別名を端午の節句というのは皆様もご存知でしょう。タンゴといいましてもアルゼンチンやスペインとは関係はございません。「端(たん)」というのは初めてという意味でして、「端午」というのは5月の夏至の初めての午(うま)の日に当たるということで、昔は5日とは限らなかったんですね。それが漢の時代になりまして、この「五」という数字ですね、これが「午」と同じ発音だということで5月5日を端午と呼ぶようになったのだそうです。
さて、そんな端午の日ですが、夏至を過ぎるということになりますと、日が最も高く、農業にとって極めて重要な時期ですけれども、当時は今のような医学の発達した時代ではありませんから、さまざまな病気も流行したりしました。こうした病気を避けようと、人々はヨモギや菖蒲といった薬草を採っては門の入り口や窓辺に飾り、そうした病気を遠ざけようとしました。
日本では平安時代にこうした風習が伝わってから菖蒲湯に入るようになったわけですが、この「菖蒲(しょうぶ)」という漢字の読みが、日本語では「なおたけだけしい」という「尚武」に通じることから、男の子の節句として祭られるようになっていったのだそうです。
端午の節句に粽を
さて話を戻しますと、中国では端午の節句に粽を食べるという習慣がありますが、その由来は紀元前三世紀の5月5日にまで遡ります。当時、楚(そ)の国には屈原(くつげん)という名の大臣がいましたが、国のためを思って王様に進言しても受け入れられず、逆にその存在を妬む者の計略にかかって失脚させられてしまいました。その後屈原は江南を放浪し憂国の詩人としてその気持ちを膨大な量の詩に託していましたが、やがて楚の国が秦に滅ぼされてしまったことを知ると、楚の国と運命を共にするように現在の湖南省にあります汨羅江(べきらこう)という川に身を投げてしまいました。その日が紀元前三世紀の5月5日だったといわれています。彼の死を悼んだ人々は毎年命日になると、竹の筒に米を詰めて川に投げてその霊に捧げるようになりました。やがて、唐の時代になって一般的な食べ物として広まるようになったといわれています。
ドラゴンボートレース
中国には端午の節句になると、そのほかにドラゴンボートレースも行われています。これもまた屈原が身を投げた川から蛟(みずち)や竜などといった邪悪なものを追い払うというところから始まり、今では実に賑やかに長江流域の各地で行われています。端午の節句は当初はこのような背景を持ったお祭りだったんですね。
ちなみに中国の子供の日は6月1日の国際児童デーがこれにあたります。小学校と小学校以下の子供と親御さんは午後が休みになって、公園や博物館などがすべて無料開放になります。それでその日は行楽や買い物に出かけたりする親子連れがとても多いですね。日ごろ勉強づけの子供たちにとってほっと一息をつける必要な時間になっているといっていいでしょう。以上、5月5日の端午の節句について簡単にご説明いたしました。
「中国の伝統行事:端午の節句」で中国語を学びましょう
雛祭り 桃花节
タンゴ(tango) 探戈舞
夏至 夏至
ヨモギ 艾蒿
菖蒲 菖蒲
粽 粽子
遡る 回溯
楚 楚国
屈原(くつげん) 屈原
妬む 嫉妒
悼む 哀悼
捧げる 供奉
ドラゴンボートレース 赛龙舟
行楽 游玩




