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中国文化-雑技

2009-5-15 16:29 | クリック数: (11) | コメント・口コミ数: (0)

中国文化-雑技

 

みなさんは雑技と聞いて何が思い浮かびますでしょうか。いただけるのではないかと思いますが、この長い伝統を持った民間芸術は、新石器時代にはすでに芸として技を披露するという風習が生まれていたといわれています。人々が狩猟の際に身につけた技術を祭りの際に再現したのが始まりだといわれています。今で言いますところのブーメランを使った見世物が、原始社会における最初の雑技だったといわれています。

 

雑技の誕生

 

さてその後紀元前770年から221年にかけて中国は春秋戦国時代を迎えます。このとき各国の諸侯に登用されるべく、さまざまな技を持った雑技師達が戦乱の最中、その技能を発揮し、諸侯に迎え入れられることとなりました。怪力自慢の力士が最も多かったといわれています。さて雑技とはその名の通り、さまざまな技を総称してこう呼ばれているわけですが、国外からもたらされた技も少なくありませんでした。人類の文明史上、最も卓越した貢献をしたといわれる漢の時代、その五代目の皇帝、武帝は雑技芸術をこよなく愛し、紀元前108年の春には世界各国から遠路はるばるやってきた使節たちを酒池肉林の宴でもてなしましたが、その際に、空前のスケールとなる雑技大会を開催したといわれています。力技のほか、猛獣使いなども行なわれましたが、このときに外国の芸術家たちが参加し、はるかエジプトからやってきた団体の出し物では、刀を飲んだり、火を噴いたり、馬の曲芸乗りといった技が披露されましたが、初めて見るその光景に人々は目を丸くして驚き、会場は喝采の渦に包まれたことでしょう。その大がかりな仕掛けに世界各地から集まった使節たちは大いに驚き、漢という国の強大さと豊かさを見せ付けられることとなりました。これをきっかけに西の諸国は漢の国と外交関係を結び、共通の外敵を迎え撃つという政治的な目的を達成することができたといわれています。そして、この漢代を通じまして、雑技はますます発展を遂げ、種類も多種多様なものに変わってゆき、その種類の多さから百戯と呼ばれるほどでした。そのいくつかを皆様にご紹介いたしましょう。

 

各種類の雑技について

 

ひとつめは力技です。牛の角を頭につけ、これを突き合わせて戦ったという角力から、相撲にいたるまで、力と力がぶつかり合う出し物で、漢代の百戯の中では、非常に重要な地位を占めておりました。当時の様子を示す資料には、人と人、人と獣、獣と獣とがそれぞれ戦う様子が描かれており、牛、虎、犀などと、「象人」と呼ばれる獣と戦うものとが格闘したとされています。力技は力技でも、竿の上に人を乗せる載灯では一人の人間が竿の上に十人の人間を載せ、その十人もまた竿の上で出し物をする、そんな様子が、山東省から出土した図の中に描かれております。

雑技の二番目の技術となるのは軟体技術です。腰や足を折り曲げる技術はこの時期すでに形成されており、現在でもよく見られる土管くぐりやつぼに入るなどの原型になったといわれています。

三つ目は剣さばきや輪を使った出し物で、四川省から出土した剣舞の宴の図は大変有名なものとされています。

四番目となりますのが、高いところで行われる高空技で、現在で言いますところの空中ブランコや綱渡りなどが漢の時代すでに行なわれていたそうです。

五番目は馬や動物を使った曲芸です。猛獣使いとしては、虎、像、鹿、蛇などを扱う出し物が会ったようです。

そして六番目、最も大型の出し物となりますのが、幻術と呼ばれるイリュージョンマジックです。巨大な道具や装置を使い、多くの人物が登場するこれらの出し物は皇帝や貴族達に大変もてはやされました。

 

雑技の発展

 

漢の末期にかの曹操が北方を統一しましたが、さまざまな技を持った人物が反乱を起こすことを恐れた曹操は、積極的に彼らを登用し、周りに置くことにしておりました。その中でも庐江の左慈,甘陵の甘始,阳城の郄俭の三人はとても大切に扱われ、彼らの技についての記載を見ると、当時雑技は非常に高い水準にまで発展していたことを物語っています。西暦216年に行なった左慈の出し物の中では、突然水を満たした鉢の中に花を咲かせたり、吊り上げた魚を巨大に変化させたり、空中に投げた杯を一羽の白い鳩に変えたりというマジックを行いました。これらは現在でも中国雑技の中においても最高峰であるといわれています。  

その後唐代に入りますと、雑技は更なる発展を遂げることになります。中でも女性の雑技芸人が活躍し、歌や踊りが加わることによって雑技はより華やかなものに変わっていきました。そのほか唐代の馬術と剣術も発展を遂げました。鋭い刀で組み立てられた狭い道を馬に乗って駆け抜けるという危険きわまる技がその代表例です。

宋代に入って雑技は大衆化の時代を迎えていきます。宮廷お抱えの舞台は減少し、逆に街中で雑技や踊り、武芸、歌といったさまざまな舞台芸術が一堂に会し、これが戯曲芸術の完成に一役買ったといわれています。宮中でその地位を芝居に譲らざるを得なくなった雑技芸人達は、大衆に受けのよい技をさらに研究、開発し、その雑技は高い水準を保ち続けてきました。

新中国成立後の1950年に中国雑技団が創立され、各大都市でも雑技団が作られるようになりました。ここに来て、長い間流浪の日々を送っていた雑技がひとつの芸術として大きく発展進歩を遂げるようになりました。現在全国各地に200ものプロの雑技団があるといわれています。其処では舞台芸術の専門家として、技そのものに更なる磨きをかけるだけでなく、音楽や舞踊についても研究がなされ、総合芸術としての進化を遂げようとしています。

ここ大連では1952年8月に大連雑技団が創立、伝統的な出し物の基礎の上に独特の雑技の演目を加えて優れた芸術団体として国内外から注目されるようになりました。特に有名な出し物としては「水流星」で、水の入ったガラスの容器を使い、絶妙なアクロバットを見せてくれます。この出し物で第9回モンテカルロ雑技大会において優れた成績を残し、また、フランス・パリで行われた第15回国際雑技フェスティバルなどでもいくつもの賞を獲得しております。これまで、北朝鮮、イギリス、オランダ、ギリシャ、日本、オーストラリア、ニュージーランド、クロアチア、フィリピン、イタリア、スイス、スウェーデン、アメリカなど40あまりの国と地域を訪問し、各国の方々から大変高い評価を得ています。

 

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