今も尚、注文電話を受けるたびにまことに申し訳なく切ない思いをしております。
不本意なことになった経緯をお伝えしなければと思いつつ充分なご挨拶もできないまま
2ヶ月も経ってしまいました。順に私に訪れた3つのことが突然の閉店にいたる原因ですので経過を追って書いてみました。
① 家賃高騰
2009年11月、競売にかけられていた双厦ホテルの買主 一正大厦が北京からやってきた。
次回契約更新時には賃貸料の大幅値上げ(1.5倍)をするという。
(2010年3月1日 契約更新はしないと告げたら “2009年4月28日の半岛晨报に載ったKORO店長の記事に感動した。据え置きの家賃でいいですよ”と慰留されたが、
“
春節毎に味わう苦しみに心身共に疲れ果てました。引退の決意は変わりません” )
②QSマーク(食品包装生産許可証)
2007年開業した時はこのマークの規制はなかった。
2008年
太陽系コンビニから“サンドイッチを置きませんか”との誘いがあってKOROの店売りとは別にPetitKOROをコンビニ用に用意、こまごました問題も双方の努力で解決し必要書類も整った。が、「生産許可証」の提出を求められ大連市質量技術監督局(質検)に要請した。しかし“零細企業では必要なし”と却下された。(29種もの申請必要書類の中 殆ど準備できそうにないし却下されて当然かもと当時は納得していた)
取得できない旨を説明し太陽系コンビニ本社の了解を得て各店舗への納入はKORO閉店に至るまで続いた。(万国小厨、嘉宙超市、喫茶憩い、芸典珈琲・・などへも配達した。)
2010年1月20日
沙河区工商局からの突然の呼び出しに 何故沙河区?と首をかしげて出向くと 沙河区にある嘉宙超市店舗内のPetitKOROの商品に‘QSマークがない’‘違反だから罰金5万元’‘認錯書’を提出後 質検に改めて取得の申請をしろ’と言われた。顧問弁護士に助けられ
説明書(認錯書に非ず。先に申請を却下したのは質検だから)を書いた。しかし今後のこともあり質検の件については Wさん 会計Yさんなどと相談、他にも皆さん方からいろんな情報を戴いた。が、 フィリング、ソース、ジャム などすべての検査を経てとなると早くても3ヶ月はかかると聞いて進行中の新マートとの提携の話や現在取引中の小規模店舗に差障りが生じないかと気がもめた。
③転職3人-跳槽
春節を控え
みんなの声を聞く場をもった時
“故郷(湖南省)へゆっくり帰って来たいので春節前に休暇がほしい”と二番目に古いのが願い出た。主任が2009年の春節前に帰った前例があるので快諾すると何と1ヶ月間という。驚くやら呆れるやら声も出ない。2008年の苦い春節明けのことが脳裏をよぎったが・・
他の4人の反対もないのでやむなく承諾した。
2月20日19:00
春節明けの夜 主任から携帯電話にメールが入った
「3月1日で満35歳になります。寄らば大樹の陰とやら 最後のチャンスを逃したくない。将来のこともあり決めましたのでお許しください。明日から出社しません。」
开玩笑?
主任は私の片腕の筈。2008年の苦い跳槽に二人で耐えてここまで来たのだもの。3周年。飛躍を前にして何故?春節前の抱負、話し合いは夢ですか?反古ですか?
間もなく“ほんとうです。怒らないで”と電話が入った。
そして、 翌朝出てきた3番目に古いのが“主任と一緒に私もやめます”
春節前から休んでいるのとあわせて3人。
没门儿!
1 辞職願いは1ヶ月前に出すこと
2 給与は月末締めの15日払い (1に違反した時は給与は不払いでも異存なし)
主任の提言で2008年の苦い経験から正規の労働契約書以外にこんな念書を提出していた。
その当人が前触れもなく突然の転職をいってくるなんて思いもよらぬことだし口癖のような
一家人、和気藹々が自慢だった。5年計画で始めたKOROSANDWICH 間もなく3周年、安定から飛躍へ!の筈が・・。
私を含めて3人で早朝コンビニヘの配達、昼までに生地をねかし捏ね成型、昼のデリバリー、午後パンを焼きフィリングなど作りおく。とても身が持たない。一人ダウン!
得了。
余儀なく閉店のわけを週末ごとにSkype報告している娘(オーナー)に伝えた。
“
一つ: 過労から病気にならないとも限らない。春節明けにはおいそれと人は来ない。
二つ:人材の育成と管理に自信が持てなくなった。
三つ:夢は100%達成できなかったけど後悔はない。
サンドウィッチの知名度をあげることに貢献したと思えるから(達成度20%かな?)
その証拠に大手の製パン業者桃李が「日式サンドイッチ」と銘うってピーナツジャム入りホットサンド紛いを3元で発売、バス停を中心に大々的に広告を打ちだした。
そもそも 娘は「あの時やっておけばよかった」と後悔しないようにと4年前婿殿とともに背中を押してくれ、会社設立に多額の出資を惜しまず
親孝行のためとだけ軽く言った。その上開業二年目に必要な資金は自分の年収を充てるから 婿殿に“養ってくれます(結婚以来共働き)? ”とまで尋ねたそうで“OK”の即答に
「いろいろあってもやはりこの人と結婚してよかったとしみじみ思った」と後になってメールが来た。
2年目に出資の追加は頼まなかったけれど4年目を前にして撤退せざるをえない現状に “店たたみます。ごめんなさい。”としか言えなかった。
ハジメるのとオシマイにするのと、勇気がいるのはどっち?と聞かれ思わず
“オシマイの方! だって離婚の方が数倍のエネルギーを要す。経験者は語りま~す”
あっけらかん!能天気ママ! に呆れながらも落ち込んで萎れていなくてよかったと思っていることでしょう。たとえ空元気にしても。
持つべきは娘。 幕引きがうまくできるように 自尊心もちょっぴりおいといてくれるやさしさ。もしかしたら私自身より私を知ってるのかも。いやいや私が単純すぎるだけかな。
妙に突っ張って頑張ってしまう「やせがまん」。これを失くせばもっと気が楽になるのにと思いながらそれをなくせば自分らしさを捨てることになるなどと葛藤を重ねてきたのが嘘みたいに「やせがまん」と手を切ることに決めたらとても楽になりました。
2010年3月1日 一正大厦に慰留されたことも娘に報告したら“ちょっとぐらっとしたでしょ。ママの思うとおりにやったらいいよ”。
313 サンドイッチの日の翌日に閉めると決めた。19日までの猶予を取り付けて
友人・知人の助けを借り撤退した。
KOROを愛してくださったお客様方、とりわけ池坊の杉先生には最後の最後まで励まし応援していただきましたこと決して忘れはいたしません。感謝いたしております。
PS
‘顔も見たくないと言われるか、ドアを開けてくれないかもと思いましたが、自分にとっては大連の母です。元気に過ごしてるか気になって’と4月末に主任が訪ねてきた。
“人にはそれぞれの生き方があるのだから いいんじゃないの。ただやり方が不味かったのよね。あの時はすんでのところで心臓麻痺だわよ。今じゃ、第二定年で毎日がゆっくりと流れてます。労働公園の太極拳仲間のところに毎朝出勤よ”と言えるほどになりました。
KORO SANDWICH 店長のブログはこれにてオシマイ。
今後は 大連生活のつれづれを 書き記してゆきますのでよろしくお願いいたします。