ちらほら降りが10分も経たないうちに猛烈降りに―-そしてWhite Christmas!
医大二院へ納品に出かけた娘 小Wから“今日は近場だけにしないとだめみたいですよ~”と連絡が来た。手分けして出かけるがバスはなかなか来ない。毎日お昼にお届けするN社へ娘Wと徒歩で出かけた。普段なら15分とかからない道のりが、おっかなびっくりのそろそろ歩行にして、兎に角転ばずに着いた。“緊張して歩くからきっとすごい肩こりとか
ダイエットとかになってるはずだよね“と赤いほっぺ顔を見合わせて笑ってしまった。
午後の配達を終えると・・今日はとにかく忙しい。忙得不可开交
夕方までには「ナイトクラブへのパーティセット」に手落ちがないようにしておかなきゃ、
というのも夜はお出かけがあるのです。大阪育ちの身としては吉本のお笑い「大助・花子のコンビ結成30周年記念の締めくくりを大連で」に駆けつけないわけにはいきません。
配達時にあちらで盛り付ける手順を復習させ、手作りしておいたブーケ、クリスマスカードを忘れないようにと言い添える。幸い遅班の娘が先だって別のクラブへの配達に同行しているので100%大丈夫と思う。が、一筆箋に「心は二つ身は一つ。ごめんなさいね」と書きこれをもたせることにした。
雪のせいで空車はなくバスもいつ来るやらわからない。来ても乗れるとは限らないし
自由席なので18:30の開場を待ち合わせの時間にしていたから早めにテクシーで出かける。池坊の師匠ときっかりにあって、互いに今日の雪にまつわる出来事を話しながら待つこと15分。裏千家の師匠を待たずに私だけ先に開場に入り席を確保。なんと!最前列!
隣に空席3つ。お二人はなかなか現れない。が、“ここ、いいですか?”と後ろから声が。 振り向くとなんと知り合いばかり。“よかったこと。話し相手がいて。なにしろ一人でもいいから見たいとチケットをゲットしたものですから”とおっしゃるお姉さま。(今月はよくお会いします。5日のミクシーOFF会、13日の中日交流学友会に合唱団の指揮をしてるかと思えば和服で日本新舞踊を披露。とにかく多芸多才の10歳年上―――ご本人に無断で写真添付します)そして日本語を流暢にはなす中国人の奥様連れの知人”のお三方。

おおわらい
開演が少しばかり遅れたけれど 漫才や大喜利におなかを抱えて大笑い、大人も子供も楽しめた腹話術、演者の口元を真剣に見つめて思わず身を乗り出してる自分に又大笑い。
しんみり
大助師匠のお父さんも満鉄マンだった
戦後生まれの彼は なんで うちは子沢山の貧乏所帯なんだと半ば親を恨んでいた。満州で敗戦を迎えた夫婦は4人の子を祖国に連れ帰った。着の身着のままの状態で大連を経て。最近になってこの事実を知り親子の絆をテーマに<ルーツ>と言う曲を作りCDにした。そして 大連 で結成30周年記念全国ツアーの締めくくりを迎えることになった縁を
花子師匠が語り女性グループによって、<ルーツ>を歌い上げ 大助師匠が渋い喉で万感の思いをこめて、<おふくろのうた(曲名を知りません)を熱唱。
大連TVで現在毎晩ゴールデン劇場で 放映している <小姨多鹤> 見るにつけ
あの時代一人の子も死なせずに連れ帰れたことは奇跡に近いと思うし本当に親に感謝です。
私の父も満鉄マンでしたが二人の妹を中国の土にしています。
主人公多鶴
開拓団に属していた16歳の日本人少女。逃亡の途中 係累はすべて殺され助けられた一家の長男は日本軍に殺され次男の嫁は日本兵に追われる途中崖から落ちて二度と身篭れない身になる。本来 日本人によい感情を持たないのにこの一家の一員になる。彼女を実の娘のようにいつくしむ母親のため 嫁に代わって次男の子供を生むことで恩に報いる。嫁の苦渋、次男の葛藤をからませて苦難に満ちた多鶴の人生を中年まで描いている。
(女流作家 严歌苓の同名小説 機会があれば原作を読みたいと思っている)
この時代を描いた作品:
なかにし礼<赤い月> 、倉本和子<満州の遺産>、宍戸游子(宍戸錠夫人)< 迎春花> 富永孝子<大連600日の空白> 小川薫<父(満鉄理事犬塚信太郎)と娘の満州>
ほんわ~か
ファイナルプレゼントにハンカチを貰った。(花子さんが舞台から降りてきて)
最高!
見送りに出ている大助・花子師匠に 井田氏が(主催の商工会のスタッフ)
“昨日、旅順に行かれたときサンドイッチをお届けしたKOROですよ”と伝えてくださった。“おいしかった”の一言に乗じてあつかましくシャッターまで押していただきました。
